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ほしぞら

福永眞由美 公式ブログ

こころの散歩道 (若狭路をゆく)



若狭路(2)




 すがすがと切りおとしたるわが髪のいくすぢはせめて妻に遺さむ

 
 花の香のしづかに発たむひそかにも思ひきりたる旅のいでたち

 
 青嵐吹くやつつじの花かげに千里のわらぢひそとはきたり


 にひわらぢきりりとはけば敗残のうらぶれの身もひきしまるなり
             
               ( 影山正治「千里行脚歌集」より )




詞書に「天長の嘉節を卜し、大東塾自決十四士の英霊並びに
諸方大社の大前に千里巡拝行脚の旅に出で立つ。
敗残病余の身、千里半歳の旅程、必ずしも生還を期せず、
ただ神慮のまにまに行かんとするのみ」と。




この歌とともに
父が 千里行脚の旅に出で立ったのは
昭和二十二年四月二十九日朝。

皇居前を出発し
ふたたび皇居前に帰着したのが十二月一日。
その間二百十七日。
草鞋ばきで杖を頼りに歩いた距離は
千余里。




この時
母と一緒に出発を見送った私は
満三歳でした。





若狭路(5)



今年はそれより七十年。

十一月二十一日・二十二日の両日
千里行脚七十周年記念行事として
福井県若狭の地にて行はれた
父の歌碑「建碑祭」ならびに「記念歌会」。
そして、記念行軍に参加いたしました。





若狭路(20)




若狭路(1)



歌碑に彫られし歌は
千里行脚出発より百八十日目の十月。

「二十四日朝九時過ぎ、北川の堤上に坐して北陸三県
御巡幸中の聖上を迎へまつる。熱涙さんさんたり。」の
詞書のある連作の一首。



 しぐれの雨くまなくはれて澄みとほり若狭国原今ゆかすなり


 一輪の野菊かざして大みゆき仰ぎまつれば涙しながる


 秋空も秋山川も秋草もしづかに光り過ぎたまひたり


 旅ゆかす深きみ心身にしみてねのみし泣かゆ旅にしあれば
           
             ( 影山正治「千里行脚歌集」より )




        若狭路(3)


             
            若狭路をゆく ( 眞由美 )


 
  黒御影しづかに光り建ちてあり一輪の野菊の歌は彫られて


  一輪の野菊にこめし恋闕の父の祈りを胸に歩まむ


  十四のみたまも父もわがうちにいますと秋の若狭路をゆく


  日本列島縦断台風近づきし若狭路の雨に道友(とも)と濡れゆく


  ちちのみの父のかなしみ胸に抱きつたなき吾れも雨に濡れゆく


  旧街道雨に濡れ咲く道の辺の小さき野の花摘みて歩むも


     若狭路(9)
 


  北川の堤に立てば轟々と川波音をたてて流るる


  神谷橋向かひて六人の益良雄が父の歌吟ず声のかぎりに


  手を握り福井の道友(とも)らと別れたり大型台風近づく駅に

 


           
若狭路(8)



           第百十二回歌道講座秀歌


(天)
凛として聳ゆる多摩の青山の峰の彼方に夏雲の湧く
                          佐藤 翔


(地)
残されし小野田自然塾集ひくる笑顔の子らよ祈り継ぎゆけ
                          中田 英美


(人)
この一期この一期とてきみが弾く「雫」一音も聴き漏らすまじ
                          岩立 実勇


(人)
悲しみを語らず逝きし祖母(おほはは)の枕辺にのこる予科練の写真
                          久留島 理美


(人)
拙かる歩みにあれどともにゆかむきよきみたまはみそなはします
                           高橋 奈緒子

          



              椿(5)




             第百十三回歌道講座秀歌



(天)
銀杏をねだれば父に許されて歳の数だけ食みし幼な日
                          高橋 義周


(地)
生れしより学生時代も今もなほ祝ひくるるよ老いたまふ母は
                          久留島 理美


(人)
降り続く時雨にけむる若狭路を父君慕ひ歩ますらしも
                          石瀬 俊明


(人)
朝焼けは海一面を朱く染め泡とまじりて足許に寄す
                          諏訪 純一


(人)
みごもりし母を案じて絵馬に書きし吾娘の願ひごと読めばうれしき
                          清水  一








エッセイ |

こころの散歩道 (蔡焜燦先生有り難うございました)




花吹雪(1)



第三歌集「花吹雪」が出来てきて
真っ先に
台湾歌壇の 蔡焜燦先生と
三宅教子さんに
お贈りするため 
国際スピード郵便の袋を買ひに
郵便局へ

帰宅したら
三宅教子さんからの
メールが届いてゐました。

7月17日のことです。



蔡焜燦先生 逝去のお知らせでした。




花吹雪(8)



泣いて 泣いて
ひとりで 泣いて…

教子さんに メールを打ちました。

( 蔡先生のことお知らせいただき 有り難うございました。

台湾歌壇五十周年のお祝ひの時、蔡先生は私に
「眞由美先生、僕はもうすぐ死にますから」と最初に言はれて
「歌集がもうすぐ出来ますから、先生のことをお詠みした歌も
沢山ありますから、たのしみにお待ち下さい」
と申し上げましたら、とても嬉しさうなお顔をされました。

翌日の招宴では奥様のお隣に座らせていただき、
「私はもう駄目です」と仰る奥様をおなぐさめしながら
楽しいお話をしてゐた私たちを、先生は時々優しい目で
見てをられました。
あのお姿が忘れられません。

歌集を 明日郵便局からお送りいたします。
先生への感謝の言葉を書きました贈呈の小さな箋を表紙の
裏にお入れしてありますので、御霊前にお供へ戴けましたら
有難く存じます。 )



教子さんからの返信には

( 7月22日に、美しい装丁の歌集「花吹雪」が届きました。
ちょうど23日は、蔡先生の仮設霊堂に御焼香できる日でしたので
蔡先生への歌集を胸に抱いて参り、息子さんに
「福永眞由美さんが 蔡先生とお約束してゐた歌集ができあがりました。
蔡先生のご霊前にお捧げ下さい」と、お願ひいたしました。 )

と書いて頂きました。





蔡先生
今も 涙がとまりません。


長い間 本当に有り難うございました。


      

      

     10花吹雪


            歌集「花吹雪」より


  雲海のかがやく見れば先生の大き面影笑みて顕ちます

  
  遠き日の父の祈りを抱きゆく泣きたきこころひそかにありて

   
  今どこに居るかと先生の携帯のみ声とともに旅ゆくわれら  

   
  日本にいのち捧げて生きませと夜半の電話の先生の声

   
  先生に贈るわが歌朗々と吾子吟じたり祈るごとくに

   
  凛々と大和のこころみなぎらせ台湾に歌の道ゆくきみは

  
  励ましの電話いくたびたまひたり大震災と輪禍の日々を

  
  乗り越えよ強く生きよと先生は残されし吾子ら励ましたまひぬ

  
  




      花吹雪(20)


 

   先生が教へたまひし含羞草(はづかしそう)フオルモサの野に
  強く根を張る


   
   大和にも咲きゐる花と台湾のおみな明るく教へたまへり

  
  珊瑚潭見放くる丘に眠ります台湾にいのち捧げし人は

  
  台湾歌壇四十三人の大和歌捧げられたり大和の神へ

  
  先生が大和の神への捧げ歌声しづやかに読みたまひたり








                
                花吹雪その5



              
               第百十一回歌道講座秀歌



(天)
師のみ跡偲び友らと辿る道かなた雄々しき夏富士は見ゆ
                            高橋奈緒子


(地)
社辺に薫り立ちたるくちなしの夜目に浮かべり花の白さは
                            山本 和秀


(人)
あたたかき道の友らにささへられ今日の一日のただうれしかり
                            中田 英美









エッセイ |

こころの散歩道(ふるさとの花)

 





ふるさとの花(1)




わがふるさと
大東農場に住む
高橋奈緒子さんが

ご夫君とご一緒に
ふるさとに咲く花を抱へて
大東会館に
来てくださったの


熱を出してダウンして
父の三十八年祭にも出られなかった私。





ふるさとの花(3)



思へば 三月の歌道講座が終ってから
あまりの忙しさに
ブログの更新も出来ずにをりました。


元気を出して
久しぶりに パソコンに向かってをります。


菜緒子さん
有り難う。







         ふるさとの花(7)



            第百九回歌道講座秀歌



(天)
明日は越すひそけき部屋に花生けて亡き妻偲ぶと言ひし君はも
                               高橋義周


(天)
五十年を吾が父として生きたまふ義父よ狭庭にやぶつばき咲く
                               久留島理美


(地)
一条の光湖面に輝きて舫(もや)ふ小船の夕べ寂しき
                               石瀬俊明


(人)
朝霜の降りし枯野に白梅の花細き枝にひそと咲きたり
                               佐藤 翔


(人)
旅行記を読むはたのしもいつの日か我も書きたし遠く旅して
                              平山晴太郎



            



        
        ふるさとの花(9)




           第百十回歌道講座秀歌


(天)
有田焼陶器市ゆく二人旅母の笑顔は忘れえぬかも
                             宮川貢士朗


(天)
学び舎の神殿にひとり祝詞詠めば社に明かり灯る夕暮れ
                             山本和秀


(地)
空に向き涙こらへし母君の女(をみな)ひとりで育てし思ふ
                             久留島理美


(地)
荼毘の火をくぐりぬけたる杯の藍ふかき色を愛(かな)しみ想ふ
                             諏訪純一


(人)
春嵐花びらコートの肩に舞ふ寒さにとまどふ花冷えの今日
                             本間武子


(人)
これ男子一生の悲願と御霊らに誓ひて三十年やうやう果すも   
                             岩立実勇








エッセイ |

こころの散歩道「わが誕生日に」







誕生日(5)


私の 誕生日に




誕生日(3)


歌道講座の 受講生たちが






誕生日(6)


お祝ひの会を
開いて くださったの






誕生日(8)



サプライズのプレゼントは・・・

父が私の初誕生の日に
詠んでくださった
長歌「眞由美抄」を

唱歌「椰子の実」の
メロディーに乗せての
大合唱!



素敵 でした。




眞由美誕生日(9)



生きてて
よかったな・・・




誕生日(7)


皆さん
有り難う!







         

          誕生日(2)





          第百八回歌道講座秀歌




(天)
音たてて銀にかがやく霜柱踏みしめ進む深山細道
                          佐藤 翔



(地)
母逝きて帰る家なきこの我に立ち寄れと叔母の賀状ありがたし
                          山本和秀



(地)
      童話「泣いた赤おに」に
惜しむなくその身をひきし青おにのせつなきまでの魂の愛しさ
                          久留島理美








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エッセイ |

こころの散歩道(今年最後の満月)





青山通りの夜(4)

師走の街を




青山通りの夜(1)

ひとりの 帰り路




青山通りの夜(5)

今年も 沢山の
大切な道の友を 亡くし
お送りした 一年でした。




師走の満月

今年最後の 満月が
とても  きれい


亡き友の願ひを 
胸に ふかく ふかく
刻んで




帰り路(8)


祈りをこめて

新しい年を
迎へたく思ひます。






         

         毛野の国より




            第百七回歌道講座秀歌



(天)
ふるさとの母が作りし冬瓜煮恋ひつつ煮たりきみとの夕げ
                           高橋 奈緒子


(地)
雄叫びの祈りに応へ生きしかと吾が胸に問ひ青き空仰ぐ
                           久留島 理美


(地)
悠然と相手制する益良雄の雄々しき姿に息を呑みたり
                           佐藤  翔


(地)
病押しお社向かふ君の背に癒されたまへとそっと祈るも
                           中田 英美


(地)
不二歌壇きみは見せしようれしげに光子のきみの母詠む歌を
                           山本 和秀








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